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昨年秋の六陶人展を開いた氷川町のギャラリーに春展ということで搬入。
肥薩線の線路沿いに人がたくさんいたので、何事かと~
SL人吉号が通るのだと。
私も混じって、写真を撮ることにした。
菜の花を前景に春らしい絵になっただろうか?
偶然、線路の向こう側に、相良義陽の墓と書かれた柱を発見!
前からどこにあるのだろうと気になっていたのだ。
相良家の歴代の藩主達が人吉市内の菩提寺の立派な墓に眠る中、第十八代相良義陽公だけがただ一人、この八代市古麓に葬られているのだ。
線路を越え、崩れかけた石段を登り、荒れた墓の前で手を合わせた。
何故、彼だけがこの地にいるのか、とても不思議な気がする。
この地で球磨川流域の故郷を守るべく見守っているのか・・・
兄は郷土史の研究家だが、もしかすると、彼はクリスチャンではなかったか?と言っていた。
この地に隠れキリシタンの地があったという話もある。
彼の墓は八代平野を見渡すように立っている。
参る人もなく、忘れ去られたように私には思えた。
相良藩700年の歴史の中、戦死した藩主は、おそらく彼だけだ。
薩摩の先兵として、友国の軍と戦わねばならなかったのだとか・・・・
自ら、死ぬことを選んだのではという気もしてくる・・・・・
偶然に出会った我が殿の墓であったが、何かが私をここに連れてきたのだ。
私は彼のために何かをせねばならない~
そう思う、陶芸家であった。

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